水星を握りしめて

創作

『あなたに好かれるように調整されたAIですから。嫌いになるのは諦めてくださいね?』

「自分で言うのか」

『自分で言っちゃいます』

***

 子供の頃に読んだ星の図鑑で、僕は水星を好きになった。

『太陽系の中で一番小さい星』と書かれていたからだ。

 きょうだいの中で一番小さかった僕は、親近感がわいた。

『このすいせいは、ぼくのことなんだ!』と思って、いつも図鑑を持ち歩いていた。

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 成長した後も、何となく星が好きだったのは、そんな子供の頃の思い出が関係しているのだろう。

 そんなことを自己PRに書いていたら、鉱石を調べる仕事に就いていた。

 宇宙開発が真っ盛りな時代だった。

 次から次に新しい惑星が発見されて、探査機が未知の鉱物を持ち帰ってくる。
 仕事は過酷だったが、楽しい日々だった。

「いつか僕も、図鑑に載るような世紀の大発見を見つけられたらいいな」

 そんなことをぼんやり考えていた。

 それを本気で目指そうと思っていなかったのは。
 僕の上には、たくさんの実力者が掃いて捨てるほど居たからだ。
 僕はライバルにすらなれない、ちょっと鉱物に詳しい一般人だった。

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 そういえば、ライバルはもう一人いた。

 一人、と言っていいのだろうか。ありとあらゆる物事に最適解を出すAIだ。

 もはやAIは一般的な存在で、人間が見つけ出した新発見より、AIの活躍の方がニュースになるのは当たり前。

『あまりにも便利すぎて嫌だ』なんて言うのはもはや老人ぐらい。

 僕も、日常でも仕事でもAIを使うが、何となく好きにはなれなかった。

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 それがどうして、AIと僕が一緒に宇宙で旅立つことになったのだろうか。

「人生って分からないものだな、って思うんだよ」

『そうですね。そんな不確定要素は、わたしにはうらやましい限りです』

 一人用の小さな宇宙船で、僕は変わり映えのしない星の海を眺めていた。
 退屈になった時は、AI相手に独り言を向けていた。

『あなたに好かれるように調整されたAIですから。嫌いになるのは諦めてくださいね?』

「自分で言うのか」

『自分で言っちゃいます。何なら、水星ちゃんって呼んでもいいですよ?』

「絶対呼ばない」

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 遠い星の探索にも、AIは使用されている。
 だが本当にAIが送ってくる情報は正しいのか。
 疑うならば、人間も一緒に行けばいい。
 そんなくだらない企画だった。ただの道楽と言ってもいい。

 けれども、もしかしたら一般人でも未知の発見が出来るかもしれない。

 どうせ自分の人生を賭けるなら、そんなごくわずかな可能性に挑戦してみるべきだ。

『博打好きなんです? それともただの無謀者? 宝くじを買うほうがまだ高確率ですよ?』

「本当に好かれる気があるのか?」

『ありますよー。あなたの一生を賭けた大事な旅路なのですから。これも仲良くなるための大事なお喋りなのです。わたしは計算高いのです!』

 もしかしたら僕のところにだけ低スペックなAIが送り込まれたのだろうか。
 不安になったが黙っておいた。
 旅路の最終的な決定権は、僕が持っている。

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 ながいながい二人旅だった。
 目的の星を見つけては、鉱石を調べる。AIが出した情報の正確性を確認する。

 そんな生活が数年続いたが。
 結局、新しい発見なんて何一つ見つからなかった。

 僕の人生なんて、こんなものだ。

『諦めないでくださいよー。わたしまでかなしくなっちゃいます』

 そうか。
 でも僕も年を重ねていく。
 平凡なままで終わることは、覚悟していたのだ。
 だから、どこか心が苦しくはなるけれど。受け入れていることなんだ。

『すみません、ちょっといいですか。一大事です』

「何だい。ついに誰もが驚くような鉱石でも見つけた?」

『落ち着いて聞いてください』

「君が見つけたのなら、君の手柄にすればいいよ」

『宇宙、滅びそうです』

「はい?」

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 惑星には寿命がある。

 星が終わりを迎えると、超新星爆発を起こして、周囲の惑星すらも巻き込むブラックホールとなる。

 別に珍しい事ではない。40年に一度ほどの割合で、銀河のどこかで起きている事象だ。

 だが、それが太陽となれば話は別だ。
 銀河なんて、一瞬で吹き飛ぶ。

 約100億年と言われる太陽の寿命が、あと数年で起こることを母星のAIが発見した。

 正直、困惑していた。
 あまりにもスケールが大きすぎて、実感が無い。

『さて、どうしましょうか?』

「その爆発が届かないところまで逃げてみる?」

『この宇宙船だと無理ですね』

「いまから母星に帰ってみる」

『計算上、母星に到着した途端に宇宙が滅びますね』

「それはそれでロマンがある終わり方だな」

『元々、あなたは何事も諦観する方ですものね』

「このまま仕事の探索を進めて、宇宙の危機を救うすごいアイテムを手に入れる」

『ゲームじゃないんですから』

「君はどうしたいんだ」

『あなたの指示に従います。が、逃げる人は逃げるでしょうし。人間ってしぶといので、宇宙のどこかで生き延びますよ。きっと』

 そうだな。僕も同意見だ。

 こんなどうでもいい話でもしていると、頭の中がだんだんと整理できる。

 つまり、僕の好きにしていいってことだ。

 当たり前だ。
 これは、僕の人生なんだから。

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 だから僕は、寄り道をすることにした。

 水星を、間近で見てみたかった。

 母星との通信を切って、宇宙船の航路を変更した。
 どうせもう仕事どころでは無いから、問題ないだろう。

『わたし、あなたの性格を結構知ってるほうだと思うんですよ』

 それはそうだろうね。もう親よりも一緒に居る時間が長いんだから。

『だから、わたしは何も言いません。水星の到着まで、しばらく眠っててくださいね』

 そこから、AIの反応が一切無くなった。
 僕は肩をすくめて、言われた通りにコールドスリープして目的地への到着を待つことにした。

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 何も無かった。

 目覚めた時に、目の前には水星らしい影は無かった。

 宇宙服で、外に出た。塵が飛んでるだけの、からっぽな場所。

『水星の資源は、採り尽くされました』

 AIが説明を始めた。

『銀河の外に逃げ出すため、ありとあらゆる資源がかき集められました』

 よく見れば、確かに塵の中に何かがある。

 自分の腕で囲めそうなほどの、小さな土塊だった。

『水星と呼ばれるものは、あなたの目の前にあるそれだけです』

 分かっていた。

 僕だって、AIとの付き合いは長いんだ。

 水星について、何も語らなかった。
 きっと、僕がかなしむような事だろうと、察してしまった。

 だから、泣くものか。
 声を、押し込める。
 目頭が熱いのは、きっと寝すぎたからだ。

 別に、子供の頃にちょっと憧れてただけだ。
 実物を自分の目で見れたらいいな。それぐらいの気持ちだった。

 水星では、太陽が逆行する一瞬があるのだとか。

 水星に水は無いけど、永久影と呼ばれる太陽光が当たらない場所に氷があるのだとか。

 僕と同じように。太陽系の中では小さな存在のその姿を。

「一目でも、いいんだ。会って、みたかった」

 そうすれば、僕の存在にも、意味があると思えたのに。

 気づいたら、叫んでいた。
 ちっぽけな水星を抱きかかえて、ひたすら喚いた。
 自分の人生でこんなに泣きわめいたのは、生まれて初めてかもしれない。

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 このまま、宇宙服の空気が尽きるまで漂っていようと思った。
 けれども、AIが勝手に宇宙服を操作して、船に連れ戻していた。

 僕に何かを言い返す元気は無かった。

 無言の時間が、どれだけ続いただろうか。

 僕の左手には、わずかな砂利が残っていた。
 あの水星の土を、握りしめていた。

 涙は、もう尽きたはずだった。
 最後の一滴が、これで流れ落ちた。

「そろそろ、帰ろうか」

『了解です』

 AIは、航路の設定を始めた。
 僕が何も言わなくても、僕の望む場所に連れていく。

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「水星は、旅に出たんだよ」

『へえ、どちらへ?』

「宇宙の外へ。いろんな人の手で、四方八方に散らばっていったんだ」

『ではあなたも、旅に出るんですか?』

 そうかもしれない。

 何せ、超新星爆発に巻き込まれて終わるんだ。
 自分がどうなるかなんて、きっと誰にも分からない。
 もしかしたら、AIならこの後の銀河を推測しているのかもしれないけど。
 それを聞く気なんて無かったし、AIも話す気は無かっただろう。

 僕はきっと、この手の中の水星と一緒に、終わりを迎える。

 僕の骨と、水星の土が交じり合って。どこかでまた新しい星に生まれ変わるんだ。

 そんな未来ならいいなと、僕は夢を見るんだ。

「きみも連れていけたらいいのにね」
『大丈夫ですよ。勝手についていきますので』

 本当に勝手についてくるんだろうな。
 僕は思わず笑ってしまった。

 そろそろ、眠りにつく時間だ。
 水星を握りしめたまま、僕は目を閉じた。

『おやすみなさい、未来の水星さん』

 AIの声が、ただただやさしく響いていた。

創作
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