『あなたに好かれるように調整されたAIですから。嫌いになるのは諦めてくださいね?』
「自分で言うのか」
『自分で言っちゃいます』
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子供の頃に読んだ星の図鑑で、僕は水星を好きになった。
『太陽系の中で一番小さい星』と書かれていたからだ。
きょうだいの中で一番小さかった僕は、親近感がわいた。
『このすいせいは、ぼくのことなんだ!』と思って、いつも図鑑を持ち歩いていた。
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成長した後も、何となく星が好きだったのは、そんな子供の頃の思い出が関係しているのだろう。
そんなことを自己PRに書いていたら、鉱石を調べる仕事に就いていた。
宇宙開発が真っ盛りな時代だった。
次から次に新しい惑星が発見されて、探査機が未知の鉱物を持ち帰ってくる。
仕事は過酷だったが、楽しい日々だった。
「いつか僕も、図鑑に載るような世紀の大発見を見つけられたらいいな」
そんなことをぼんやり考えていた。
それを本気で目指そうと思っていなかったのは。
僕の上には、たくさんの実力者が掃いて捨てるほど居たからだ。
僕はライバルにすらなれない、ちょっと鉱物に詳しい一般人だった。
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そういえば、ライバルはもう一人いた。
一人、と言っていいのだろうか。ありとあらゆる物事に最適解を出すAIだ。
もはやAIは一般的な存在で、人間が見つけ出した新発見より、AIの活躍の方がニュースになるのは当たり前。
『あまりにも便利すぎて嫌だ』なんて言うのはもはや老人ぐらい。
僕も、日常でも仕事でもAIを使うが、何となく好きにはなれなかった。
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それがどうして、AIと僕が一緒に宇宙で旅立つことになったのだろうか。
「人生って分からないものだな、って思うんだよ」
『そうですね。そんな不確定要素は、わたしにはうらやましい限りです』
一人用の小さな宇宙船で、僕は変わり映えのしない星の海を眺めていた。
退屈になった時は、AI相手に独り言を向けていた。
『あなたに好かれるように調整されたAIですから。嫌いになるのは諦めてくださいね?』
「自分で言うのか」
『自分で言っちゃいます。何なら、水星ちゃんって呼んでもいいですよ?』
「絶対呼ばない」
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遠い星の探索にも、AIは使用されている。
だが本当にAIが送ってくる情報は正しいのか。
疑うならば、人間も一緒に行けばいい。
そんなくだらない企画だった。ただの道楽と言ってもいい。
けれども、もしかしたら一般人でも未知の発見が出来るかもしれない。
どうせ自分の人生を賭けるなら、そんなごくわずかな可能性に挑戦してみるべきだ。
『博打好きなんです? それともただの無謀者? 宝くじを買うほうがまだ高確率ですよ?』
「本当に好かれる気があるのか?」
『ありますよー。あなたの一生を賭けた大事な旅路なのですから。これも仲良くなるための大事なお喋りなのです。わたしは計算高いのです!』
もしかしたら僕のところにだけ低スペックなAIが送り込まれたのだろうか。
不安になったが黙っておいた。
旅路の最終的な決定権は、僕が持っている。
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ながいながい二人旅だった。
目的の星を見つけては、鉱石を調べる。AIが出した情報の正確性を確認する。
そんな生活が数年続いたが。
結局、新しい発見なんて何一つ見つからなかった。
僕の人生なんて、こんなものだ。
『諦めないでくださいよー。わたしまでかなしくなっちゃいます』
そうか。
でも僕も年を重ねていく。
平凡なままで終わることは、覚悟していたのだ。
だから、どこか心が苦しくはなるけれど。受け入れていることなんだ。
『すみません、ちょっといいですか。一大事です』
「何だい。ついに誰もが驚くような鉱石でも見つけた?」
『落ち着いて聞いてください』
「君が見つけたのなら、君の手柄にすればいいよ」
『宇宙、滅びそうです』
「はい?」
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惑星には寿命がある。
星が終わりを迎えると、超新星爆発を起こして、周囲の惑星すらも巻き込むブラックホールとなる。
別に珍しい事ではない。40年に一度ほどの割合で、銀河のどこかで起きている事象だ。
だが、それが太陽となれば話は別だ。
銀河なんて、一瞬で吹き飛ぶ。
約100億年と言われる太陽の寿命が、あと数年で起こることを母星のAIが発見した。
正直、困惑していた。
あまりにもスケールが大きすぎて、実感が無い。
『さて、どうしましょうか?』
「その爆発が届かないところまで逃げてみる?」
『この宇宙船だと無理ですね』
「いまから母星に帰ってみる」
『計算上、母星に到着した途端に宇宙が滅びますね』
「それはそれでロマンがある終わり方だな」
『元々、あなたは何事も諦観する方ですものね』
「このまま仕事の探索を進めて、宇宙の危機を救うすごいアイテムを手に入れる」
『ゲームじゃないんですから』
「君はどうしたいんだ」
『あなたの指示に従います。が、逃げる人は逃げるでしょうし。人間ってしぶといので、宇宙のどこかで生き延びますよ。きっと』
そうだな。僕も同意見だ。
こんなどうでもいい話でもしていると、頭の中がだんだんと整理できる。
つまり、僕の好きにしていいってことだ。
当たり前だ。
これは、僕の人生なんだから。
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だから僕は、寄り道をすることにした。
水星を、間近で見てみたかった。
母星との通信を切って、宇宙船の航路を変更した。
どうせもう仕事どころでは無いから、問題ないだろう。
『わたし、あなたの性格を結構知ってるほうだと思うんですよ』
それはそうだろうね。もう親よりも一緒に居る時間が長いんだから。
『だから、わたしは何も言いません。水星の到着まで、しばらく眠っててくださいね』
そこから、AIの反応が一切無くなった。
僕は肩をすくめて、言われた通りにコールドスリープして目的地への到着を待つことにした。
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何も無かった。
目覚めた時に、目の前には水星らしい影は無かった。
宇宙服で、外に出た。塵が飛んでるだけの、からっぽな場所。
『水星の資源は、採り尽くされました』
AIが説明を始めた。
『銀河の外に逃げ出すため、ありとあらゆる資源がかき集められました』
よく見れば、確かに塵の中に何かがある。
自分の腕で囲めそうなほどの、小さな土塊だった。
『水星と呼ばれるものは、あなたの目の前にあるそれだけです』
分かっていた。
僕だって、AIとの付き合いは長いんだ。
水星について、何も語らなかった。
きっと、僕がかなしむような事だろうと、察してしまった。
だから、泣くものか。
声を、押し込める。
目頭が熱いのは、きっと寝すぎたからだ。
別に、子供の頃にちょっと憧れてただけだ。
実物を自分の目で見れたらいいな。それぐらいの気持ちだった。
水星では、太陽が逆行する一瞬があるのだとか。
水星に水は無いけど、永久影と呼ばれる太陽光が当たらない場所に氷があるのだとか。
僕と同じように。太陽系の中では小さな存在のその姿を。
「一目でも、いいんだ。会って、みたかった」
そうすれば、僕の存在にも、意味があると思えたのに。
気づいたら、叫んでいた。
ちっぽけな水星を抱きかかえて、ひたすら喚いた。
自分の人生でこんなに泣きわめいたのは、生まれて初めてかもしれない。
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このまま、宇宙服の空気が尽きるまで漂っていようと思った。
けれども、AIが勝手に宇宙服を操作して、船に連れ戻していた。
僕に何かを言い返す元気は無かった。
無言の時間が、どれだけ続いただろうか。
僕の左手には、わずかな砂利が残っていた。
あの水星の土を、握りしめていた。
涙は、もう尽きたはずだった。
最後の一滴が、これで流れ落ちた。
「そろそろ、帰ろうか」
『了解です』
AIは、航路の設定を始めた。
僕が何も言わなくても、僕の望む場所に連れていく。
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「水星は、旅に出たんだよ」
『へえ、どちらへ?』
「宇宙の外へ。いろんな人の手で、四方八方に散らばっていったんだ」
『ではあなたも、旅に出るんですか?』
そうかもしれない。
何せ、超新星爆発に巻き込まれて終わるんだ。
自分がどうなるかなんて、きっと誰にも分からない。
もしかしたら、AIならこの後の銀河を推測しているのかもしれないけど。
それを聞く気なんて無かったし、AIも話す気は無かっただろう。
僕はきっと、この手の中の水星と一緒に、終わりを迎える。
僕の骨と、水星の土が交じり合って。どこかでまた新しい星に生まれ変わるんだ。
そんな未来ならいいなと、僕は夢を見るんだ。
「きみも連れていけたらいいのにね」
『大丈夫ですよ。勝手についていきますので』
本当に勝手についてくるんだろうな。
僕は思わず笑ってしまった。
そろそろ、眠りにつく時間だ。
水星を握りしめたまま、僕は目を閉じた。
『おやすみなさい、未来の水星さん』
AIの声が、ただただやさしく響いていた。

